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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)2468号 判決 1996年1月18日

原告

大山こと朴基志

被告

村田繁夫

主文

一  被告は、原告に対し、金九〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成五年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二三九万三〇八八円及びこれに対する平成五年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により、所有する車両に損傷を被つた原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成五年一〇月一〇日午前一〇時四〇分ころ

(二) 発生場所

神戸市兵庫区御崎本町三丁目三番二九号先 信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 争いのない範囲の事故態様

原告は、普通乗用自動車(神戸三三と八五七〇。以下「原告車両」という。)を運転して、本件交差点を南から北へ直進しようとしていた。

他方、被告は、普通乗用自動車(神戸五二ち九五二。以下「被告車両」という。)を運転して、本件交差点を西から東へ直進しようとしていた。

そして、本件交差点中央付近で、原告車両の前面と被告車両の右側面とが衝突した。

2  原告は、原告車両の所有者である。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び被告の過失、過失相殺

2  原告に生じた損害額

3  被告による相殺の是非

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件事故の態様等)

(一) 原告

本件事故発生当時、原告車両の進行方向である北行きの信号は青色であり、被告車両の進行方向である東行きの信号は赤色であつた。

したがつて、被告は赤信号を無視して本件交差点に進入した過失がある。

これに対し、原告は、青信号にしたがつて本件交差点に進入したのであるから、何ら過失はない。

(二) 被告

本件事故発生当時、原告車両の進行方向である北行きの信号は赤色であり、被告車両の進行方向である東行きの信号は青色であつた。

そして、被告は、青信号にしたがつて本件交差点に進入したのであるから、何ら過失はない。

これに対し、原告は、赤信号を無視して本件交差点に進入した過失がある。

2  争点3(相殺)

(一) 被告

本件事故により、被告車両も全損となり、被告は、少なくとも金二〇万円を下回らない損害を受けた。

したがつて、仮に、被告に何らかの責任があつたとしても、被告は、右損害賠償請求権を自働債権とし、本訴訟で原告の請求する損害賠償請求権を受働債権として、対当額で相殺する。

(二) 原告

被告の右相殺は、民法五〇九条により許されない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  被告の過失

(一) 本件事故当時の本件交差点の信号の色について、北行きの信号が青色であつた旨の原告本人尋問の結果、東行きの信号が青色であつた旨の被告本人尋問の結果、双方ともに赤色であつた旨の証人石元孝司の証言、本件事故から五ないし一〇秒経過後に北行きの信号が赤から青に変わつた旨の証人三谷恭生の証言があるので、これらの信用性について検討する。

まず、証人石元孝司の証言によると、同人は、本件事故当時、車両を運転して、本件交差点北側の南行き中央側車線の先頭で対面赤信号にしたがつて停止していたこと、同人は、当時、出産した妻の入院する病院に行く途中で急いでいたため、対面南行き信号だけではなく、西行きの信号にも注意を払つていたこと、同人は、西行きの信号が赤に変わつた後、南行きの信号が青に変わる前に、本件事故が発生したと認識していること、同人は、後日、警察署でも同旨の供述をしていること、その時には、交差点のすべての信号が赤になつたというのは思い違いだと考えていたが、記憶のとおり話したこと、警察官から本件交差点は約三秒間すべての信号が赤になると聞いて、右記憶が正確なことを認識したことが認められる。

そして、これらの事実に照らすと、本件事故当時の本件交差点の信号の色に関する同人の証言は、認識、記憶、表現のいずれの過程においても充分に信用することができると考えられる。

これに対し、証人三谷恭生の証言は、本件事故の瞬間の本件交差点の信号の色を直接認識したものではなく、また、北行きの信号が赤から青に変わつたのに要した時間も五秒ないし一〇秒と幅があり、かつ、これが仮に三秒であれば、本件事故当時の本件交差点の信号がいずれも赤であつた可能性もあることをも併せ考えると、証人石元孝司の証言との比較においては、証明力が低いものと評価せざるをえない。

これらによると、本件事故当時、本件交差点の信号の色は、北行き、東行きともに赤色であつたと認めるのが相当であり、これに反する原告及び被告の各本人尋問の結果を採用することはできない。

(二) したがつて、被告には、赤信号を無視して本件交差点に進入した過失がある。

2  過失相殺

(一) 証人石元孝司の証言によると、本件事故直前の原告車両の時速は六〇ないし七〇キロメートルであつたこと、被告車両の時速は四〇ないし五〇キロメートルであつたこと、両車両とも一時停止も徐行もしなかつたこと、同人はいずれかの車両の急ブレーキの音を聞いたことが認められる。

原告本人尋問の結果の中には、右速度に関する右認定に反する部分があるが、前判示のとおり、証人石元孝司の証言は充分に信用することができる。

また、甲第一、二号証、乙第一、二号証、第四号証、証人石元孝司及び証人三谷恭生の各証言、原告及び被告の各本人尋問の結果によると、原告は、本件事故の直前(原告車両が本件交差点内に進入した後)になつて初めて被告車両に気づき、急ブレーキをかけたこと、被告は本件事故にいたるまで原告車両に気づいておらず、ブレーキをかけていないこと、本件事故後、原告車両は本件交差点を超えた北側で、北を向いて停止したこと、被告車両は、本件交差点内の北東隅で南西を向いて停止したことが認められる。

(二) これらの事実と、前記認定の原被告双方の進行方向の信号が赤色であつたこととを併せ考えると、本件事故に対する過失は、速度超過の度合いがより大きく、かつ、進行方向の信号が青色信号に変わる前に本件交差点に進入した原告の方が、被告よりも大きいと評価することができる。

そして、右事実によると、両者の過失の割合を、原告が六〇パーセント、被告が四〇パーセントとするのが相当である。

二  争点2(原告の損害)及び争点3(相殺)

1  車両損害 金二〇六万円(原告の請求金二一九万三〇八八円)

甲第一、第二号証、原告本人尋問の結果によると、本件事故により生じた原告車両の損傷を修理するのに金二一九万三〇八八円を要したことが認められる。これに反し、右修理費用がたかだか金九四万七〇七四円にすぎない旨の内容の乙第三号証は、原告車両を直接見分して作成されたものではなく、採用することができない。

他方、甲第一号証、第四号証の一及び二、第五号証の一及び二、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告車両は昭和六三年初度登録の通称「ニツサンシーマ三〇〇〇TタイプⅡリミテツド」と呼ばれる車両であること、このような車両の本件事故当時の中古車市場における小売価格が金二〇六万円であることが認められる。

したがつて、右車両修理費は右小売価格を上回つており、このような場合、本件事故による原告車両の損害は、右小売価格金二〇六万円とするのが相当である。

2  過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、過失相殺として、原告の損害の六〇パーセントを控除するのが相当である。

したがつて、過失相殺後の原告の損害は、次の計算式により、金八二万四〇〇〇円である。

計算式 2,060,000×(1-0.6)=824,000

3  相殺(争点3)

当事者双方の過失に起因する同一の交通事故によつて生じた物的損害に基づく損害賠償債権相互間においては、相殺が許されると解する見解(最高裁昭和五三年(オ)第一一九八号同五四年九月七日第二小法廷判決・裁判集民事一二七号四一五頁の大塚裁判官の反対意見等)は、立法論としては傾聴に値する。

しかし、民法五〇九条は、何らの制限をおくことなく、不法行為による損害賠償請求権を受働債権とする相殺を禁止しているから、双方の過失に起因する同一交通事故によつて生じた物的損害に基づく損害賠償債権相互間においても、相殺は許されない(右最高裁昭和五四年九月七日判決)と解するのが相当であり、争点3に関する被告の主張を採用することはできない。

4  弁護士費用 金八万円(原告の請求金二〇万円)

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を金八万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

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